吉田浩太監督2015年1月


この対談は2015年2月に開催される「吉田浩太監督による俳優のための実践的「短期」ワークショップ」に向けて、講師の吉田浩太監督とワークショップ主宰の松枝佳紀との間で行われた対談です。

松枝 吉田さん、今回、ワークショップ2日しかありません。

吉田 すみません。スケジュールがいろいろ立て込んでいまして。

松枝 いえ、むしろ吉田浩太監督作品のファンとしては嬉しい限りです。どんどん監督が売れっ子になっているということで。

吉田 ぜんぜん、まだまだです(笑)。

松枝 お受けいただいた2月14日・15日のワークショップですが、2日という短い時間で、なにをやろうかと思ったわけです。

吉田 はい。

松枝 昨年やった4日間のワークショップでは、実際に撮影するということをやりました。カメラを回し、その前で演技をするという緊張感もありましたし、なかなかな才能も発見出来たように思います。あのワークショップをきっかけに新作「スキマスキ」では松野井雅さんのキャスティングが決まったし、ほかにも何人かにも出てもらいました。また、あのワークショップをきっかけにして2つぐらい映画の企画が動き出していますね。

吉田 素敵な人と会っちゃうと撮りたくなりますからね。

松枝 ひとつは、うちのワークショップで出会った某女優さんを主演とした全くの原作無しのオリジナル脚本を構想中だそうですね。

吉田 台本が遅々としてすすまないので、あれですが、結構気合いの入ったものにしたいなと思っています。

松枝 出会いの場を提供している僕としては、そういうことがあるのが本当にうれしい。素敵な監督と素敵な俳優が出会って、出会わなければ産まれなかった全くオリジナルの作品が生まれるなんていうのがすごい。自主映画ならあるかもしれませんが、ちゃんとした公開作品ですからね、日本映画界的にも貴重なことなんじゃないかと思ってます。

吉田 まだまだ先が長いのでどうなるかわからないからわかりませんが、うまく決まると良いなと思っています。

松枝 で、2月の2日間のワークショップですよ(笑)。

吉田 そうでしたね(笑)

松枝 次回作のオーディションを実際にその映画の脚本を使ってやるというのは?

吉田 すみません、本まだ出来ていないんです。

松枝 じゃあ、具体的にこういうタイプに来てほしいというのは?

吉田 それもあるのですが、もうひとつには、こっちが、この人でやりたいなと思いたいというか、この人が出てくれると映画が面白くなりそうだなと思わせてくれる人に会いたいというか・・・

松枝 あの、思ったんですけど、吉田浩太監督の演出の特徴って、俳優に「突破」させるってことだと思うんですよね。吉田浩太さん自身が「追い込み」と言っている手法で、俳優に、感情的な限界を「突破」させて、おどろく瞬間を産みだしていますよね。どんなライトなテーマの作品でも、ある瞬間、おおっと思うような、観客を感情的な深みに連れていく一瞬がある。

吉田 映画はみせてなんぼのもんじゃないですか。こういうストーリーでこういう俳優で、落としどころはこういうことですよね、みたいな判り切ったモノを見せられても仕方ないと思うんですよね。普段人間が隠している、内面に抱えているものをさらけ出さざるを得ない瞬間をちゃんと描かないと意味が無いと思うんですよね。

松枝 それには確実に俳優が必要ということですよね。つまり、脚本的にどんなに描かれていたとしても、俳優がそれを捨て身になって演じないと成立しないってことですよね。

吉田 そうですね。

松枝 俳優はあくまで俳優であって役そのものではない。だから脚本に描かれている事にはどうしても他人事感がある。けれども、吉田浩太監督が俳優を「追い込ん」で、他人事であるはずのことを、自分のこととして感じるように仕向けていく。結果として、俳優は、脚本に書かれている他人事を、他人事じゃなくて自分のこととして感じるようになり、その場で、演技を越えて、ドキュメンタリーに内面をさらけ出していくことになる。

吉田 そうですね。そういうことです。

松枝 今回、それをやりませんか?

吉田 え?どういうことですか?

松枝 吉田さんが一緒に作品を作ってみたいと思う俳優は、「追い込み」によってちゃんと「限界を突破」してくれる俳優なんだろうと思うんです。

吉田 そうですね。

松枝 だから、2日間のワークショップでは、時間もないし、いろいろやらずに、「限界を突破」できる俳優、「限界を突破」させたい俳優を探すということに絞ってオーディション形式のワークショップをするというのはどうでしょうか。

吉田 なるほど。面白いですね。それ、やりましょう。

松枝 ちなみに「追い込み」って言うと、ある俳優たちは、監督が声を荒げてダメ出しをしたり、ときには灰皿とかを投げたり、そうやって、俳優を恐怖によって追い込む「演出」みたいな印象があると思うのですが、吉田さんはそういうことを・・・

吉田 大丈夫です(笑)。そういうことは絶対にしないです。

松枝 ですよね(笑)

吉田 とくに周りのスタッフなどに聞かれるのが恥ずかしいので(笑)、なるべく「追い込む」ときには、俳優の近くに行って、誰にも聞かれないように、小声で言います(笑)

松枝 しかも優しく言っていますよね。

吉田 ええ、先生と生徒じゃないので、叱る必要はありませんから、むしろ俳優も「突破」したがっているわけですし、それを信じて言います。だいたい、ぼくは演出すること自体が恥ずかしいので(笑)

松枝 ああ、分かります。先日、ある監督も言ってました。「演出」って基本的に「恥ずかしいこと」なんだって。そういうことですよね。

吉田 松枝さんも演出するときに、そういうことありません?

松枝 あります。強くあります。

吉田 ですよね。

松枝 できれば言いたくないけど、言わなければいけないことがある。しかたなく「演出」する。「演出」すると言葉にしなくてはならない。言葉にするとこぼれるものがたくさんある。言葉にするって結構厚顔無恥だと思う。恥ずかしいことです。

吉田 ですよね。

松枝 しかし、恥ずかしいのに「演出」しなければならない時、「追い込」まないといけなくなる時って、吉田浩太監督にとっては、一体どういう時なんですか?

吉田 単純に、感情をあるレベル以上に出さないと成立しない時ですね。

松枝 ということは、俳優が感情を抑えて芝居してしまう場合があるということですよね?

吉田 「演出」が恥ずかしいというのと同じことなのかもしれないですが、「演技」することが恥ずかしいということもあると思うんですよ。そして、その結果として、俳優が自分をコントロールし始めてしまう。僕が嫌なのはコントロールされた演技なんです。

松枝 俳優に限らず人間て言うのは防御本能がある。不道徳なことであったり、欲望をさらけ出すようなことであったり、本音を突き付けるような時、そのような「本当」のことを表現する時には、人間は、それを表現する「正統性」が欲しくなるんだと思うんです。無意識に。やってもいいんだという理由、やるしかなかったんだという理由、自分に行動を許す理由が欲しくなる。理由があると「演技することの恥ずかしさ」が軽減するんだと思うんです。

吉田 なるほど。

松枝 たとえば『怒りで「思わず」人を殴ってしまう』という演技をしなければならないとき、俳優は「嘘をつくことによって」自分にそれをすることを許可したくなってしまうわけです。「嘘つくこと」というのは、すなわちコントロールすることです。『本当の意味で「「思わず」殴っている」わけではない』と自分に言い訳することで、『「思わず」殴っているように「振る舞う」』ことを俳優は自分に許可するわけです。つまり、俳優によるコントロールされた演技というのは、「本当」を表現するという創作意図、創作欲求よりも、「俳優自身の恥ずかしさ」や「俳優同士の気遣い」や「社会的な通念」や「常識」を優先した結果として産まれてくるものだと思うんです。作品よりも自分の都合を優先している。結果として、その演技はいいわけのような演技になり、観客には一番伝えたい「本当」が伝わらなくなる。コントロールされた演技がだめなのはそういう理由なんだと思うんです。そして、吉田浩太監督のやる「追い込み」という手法は、俳優たちの自己防衛のためのコントロールを解除して、俳優たちをコントロール不能な地点まで追い込み、「本当に「思わず」人を殴る」瞬間が産まれてしまうような、「本当」のことを表現する方法だと思うんですよね。

吉田 本当に殴らせはしませんが(笑)、まあ、そういうことですね。

松枝 吉田浩太監督の作品を特徴づけているのはそこだと思うんです。作品の中に「本当の瞬間」がある。ひとりの観客に過ぎない僕の感情がぐいぐいと動かされてしまう。それはスクリーンの中の俳優たちが本気でそこに居るからだと思うんです。そしてそれが吉田浩太監督による「追い込み」の結果産まれているのは間違いないと思います。

吉田 だといいんですが(笑)

松枝 昨年、「愛の渦」の三浦大輔監督のワークショップをしたのですが、その三浦監督が吉田浩太監督の「ちょっとかわいいアイアンメイデン」を称賛していまして、僕は見逃していたもので、慌ててみたんですが、女子高に拷問部があるという荒唐無稽な話しにもかかわらず、僕はこの作品に心動かされてしまいまして、女の子たちはグラビアアイドルの子たちだから演技的には、なんというか拙いわけですよね、だから見始めた最初は「え?」となる。でも次第にそこで行われていることの本気度に巻き込まれていく。ちょっとネタバレになりますが、あれはレズものなわけですが、これまでに僕もレズものの映画をいくつか見たことあるんですが、どの映画よりも「アイアンメイデン」でダントツに僕の心が動きました。それはレズとかホモとかヘテロとか関係なく、人が人を恋するということをちゃんと描いていて、そして多分ですが、あれ本当に恋しあってますよね?女優さん同士。

吉田 撮影中は、そうだったと思います。

松枝 さっきの、コントロールされている演技、コントロールされてない演技、という話につながることだと思うんですが、僕はその昔、演劇や映画はあくまで作りモノだから、見えればいいのであって、本当である必要はないと思っていたんですよね。本当に愛し合う必要はなく、本当に愛し合っているように「見えればいい」と思っていた。つまり演技のコントロールの精密度をあげていけばいいんだろうと思っていたんです。でも最近はコントロールできない極限で「思わず」出てしまう本当の言葉、本当の行動にこそ興味があって、観客はそこにこそ感動をするのだと思うようになっているのですが、その思いが、「ちょっとかわいいアイアンメイデン」を見て確信になりました。演技のコントロール精度をあげて行っても到達できない「本物」に、演技経験の薄いグラビアアイドル達が、いきなり到達している風景に衝撃を受けたんです。

吉田 たしかに、現場の充実感みたいなものは、アイアンメイデンはかなり高かったです。それは追い込むべきシーンが多かったし、主演の木嶋のり子ちゃんが本気でやるので、他の女優陣もわたしもそこまで行かなければいけないというようになるというか、木嶋のり子ちゃんが基準になっちゃうというか、そこ以上を目指さざるを得ない。短い撮影期間の中で密にやるので彼女たちは疑似的な運命共同体になっているというか、自分のシーンが終われば帰っても良いのに帰らずに他のシーンも全部見ている。そんな感じで皆の本気が良い循環を産んでいた現場だったように思います。

松枝 女優としての経験値が低いというのもプラスだったんじゃないかなと思います。変に経験あると、こういうこと要求されているのね、とやっちゃうみたいな。逆に、なんにも経験が無いから監督の目指すモノを信じて自分をばらばらにしていけた。もうひたすら本気でやるしかない。だから、本気で愛するし、本気で求めるし、だから別れは本気でつらい。それが映画にうつるかどうかは別モノですが、素人の彼女たちが考えても仕方がない。見え方についてはすべてもう監督に任せて、俳優側としてはひたすら目の前のことに本気になって取り組む。その結果、あんなに荒唐無稽な話なのに、笑えるだけではなくて、その描かれている愛に心動かされるものになった。ってことじゃないかと思うんです。

吉田 だといいのですが。

松枝 だから今回のワークショップでは、そういった吉田浩太監督の作品に参加してとんでもない突破ができる俳優を探す、それを目的にやりましょう。

吉田 ええ、そうですね。松枝さんのところの前回のワークショップでも出会いがありましたが、今回も、新しい作品を一緒に作りたくなるような、素敵な俳優・女優に会えるのを期待しています。

次回の、吉田浩太監督によるワークショップは2015年2月14日、15日です。
詳細は次のリンク先よりご覧ください。http://alotf.com/ws/ws19/