飯塚花笑監督ワークショップに向けた座談会


この座談会は (A日程)2017年11月18日~19日、(B日程)2017年11月25日~26日、(C日程)2017年11月30日~12月1日の3回行われる「飯塚花笑監督による俳優のための実践的ワークショップ」に備えて行われたものである。

文頭の太字の「花笑」は今回のワークショップ講師である飯塚花笑監督の発言を現し、「登山」は今回製作する飯塚花笑監督の映画のプロデューサーとなる登山里紗さんの発言、「松枝」は当アクターズ・ヴィジョンの代表の松枝佳紀の発言を現す。

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松枝::花笑さんは、ご自身が女性の肉体に生まれてきたことへの違和感を15歳のころから感じておられるという、いわゆる性同一性障害に悩まされてきたという特異な立ち位置、セクシャルマイノリティであるという立ち位置から映画を作ってこられています。今回、アクターズ・ヴィジョンで、いわゆるワークショップ映画を作ることに承諾していただいて、その時に、やはり選んだ映画の製作テーマはLGBT映画でした。一概に「LGBT映画」というようなレッテルを貼ることには躊躇しますが、あえて、わかりやすさのためにこの言葉を使いますけど、花笑さんご自身、ご自身の経験を背景にしたようなLGBT映画を撮ることを、ご自分の使命だと思っておらように見えるんですが、どうでしょうか?

花笑::それは確実に思っていますね。たとえば、今年の2月ぐらいにトランプ政権がトランスジェンダーの児童を保護するような条案を棄却したっていう事件があったりとか、教科書にLGBTの記述を必ず載せるように求める市民の声に日本政府が応じなかったりだとか、そういう出来事があるたびに、どうにか世界を変えられないかと考えてしまいます。自分自身、思春期の頃にすごく苦しんだ経験があったりするので、昔の自分のように苦しんでいる子供たちに対して何かできないかっていう思いもあります。で、今回、松枝さんからこういう話をいただいてワークショップ映画を作るとなったときに、男や女や恋愛や結婚という一般的には当たり前と考えられている価値観に疑問を持つことのできるような映画を作りたいと思いました。今回プロデュースしていただくことになった登山さんも、せっかくならそういう点までやろうという話をしてくださっていますし。

松枝::花笑さんはご自身の経験をもとにしたLGBT映画を作ることによって、世界がどうなることを監督としては目指されているんでしょうか?

花笑::思春期の頃、性同一性障害の自分がどう生きればいいか悩んで、映画の中にロールモデルを探していた自分が居ました。あの時に、トランスジェンダーが出てくる映画ともっと出会えていたら、あんなに孤独に苦しむこともなかったんじゃないかなって思うんです。だから、セクシュアルマイノリティの登場する映画を撮りたいし、自分の撮った映画を世界中に発信して、ひとりぼっちで震えている誰かの所まで、ちゃんと届けたいと思っているんです。一般の人だと気づかないようなことも、映画がそこに焦点を充てることで、皆がそこに気付き、結果として、当たり前に思っていた日常が変わるきっかけを作れるんじゃないかと思うんです。

松枝::まさに、それこそが芸術の持つ力ですし、そうやってちょっとづつ世界を良きものに変えていくために、映画やドラマがあるんだと僕も思っています。

花笑::しかし、とは言っても、LGBTを描けば何でも良いというわけではないと思うんです。LGBTを描くだけではなくて、「どう描くか」が大事だと思うんです。たとえば、ゲイを描くときに、ドラァグクイーンがでてきて、” ザ・オネエ ”みたいな描き方をすると、セクシャルマイノリティに対する理解を深めるというよりも、逆に「ゲイってこうだ」というステレオタイプの偏見を助長したりする可能性がある。だから、僕は、セクシャルマイノリティを、日常に生きている、ヘテロ(異性愛者)と変わらない存在として描きたいと思っています。「あ、こんなにみんな普通に日常に溶け込んでるんだ」とか、「異性愛者と失恋したときの痛みって変わらないんだ」とか、 マイノリティじゃないヘテロ(異性愛者)の人間にも共感を持ってもらえるような映画、偏見をなくすような映画を撮りたいと思っています。

松枝::いま、花笑さんは「セクシャルマイノリティでも異性愛者と失恋の痛みは変わらない」と言われましたが、僕はどちらかというと、これ僕の偏見かもしれないんですが、異性愛者(ヘテロ)の人たちの失恋と、セクシャルマイノリティの人たちの失恋では、重みが違うんじゃないかと思ってるんです。異性愛者の人たちは失恋しても、恋愛可能性のある相手を見つけるのはそんなに難しくない。一方で、セクシャルマイノリティの人たちは、相手を失ったら、同じような人に出会うことは、確率論的に、ものすごく難しいような気がするんです。

花笑::それはその通りです。

松枝::それって、やっぱり失恋の痛みは異性愛者よりもセクシャルマイノリティのほうが大きいということだと思うんですよね。

花笑::それはそうですね。アイデンティティの否定につながることもあるので。

松枝::セクシャルマイノリティの人たちの失恋のほうが痛手が大きいということは、セクシャルマイノリティの人たちの恋愛のほうがものすごく切ないってことですし、そういう意味では、物語的には、ふつうの人の恋愛物語以上にセクシャルマイノリティの方たちの恋愛物語のほうが見応えがあるだろうし、演じる人としてもやりがいがあるだろうし、社会的に必要とされる物語となるだろうと思うんです。ということを考えると、なんだかLGBT映画こそ、いまやるべき映画なんじゃないかという気さえしてくる。

花笑::正にそうだと思います。誰かがやる前に自分がやりたい(笑)

松枝::そして、そのLGBT映画を、全く素養のない人が撮れるのかっていうと、そうは思わない。素養がある人。セクシャルマイノリティの人たちの痛みを知っている人。いや、むしろセクシャルマイノリティである人がその映画を撮るべきなんじゃないかと思った時に、そうすると、やはり花笑さんはLGBT映画を誰よりも撮るべき人なんだと思うんです。

花笑::そう自分でも思っています。

松枝::ところで、今回プロデュースしてくれる登山さんは、花笑さんに会う前から、LGBTに対する関心が人一倍あるように僕は思っていたのですが、登山さんがLGBTに興味を持ったのはなにがきっかけなんですか?

登山::きっかけはやはり映画なんです。「ホーム・フォー・ザ・ホリデイ」っていうジョディ・フォスターが監督、ホリー・ハンターが主演した映画で、ロバート・ダウニー・Jr.が演じていたゲイがめちゃくちゃかっこ良かった。でも、ゲイではあるんだけど、特別視されてるわけでも、差別されてるわけでもなく、普通に家族の一員として描かれていた。その描き方が素晴らしくて、私は、そこからLGBTに興味を持ったんです。そして、私、大学は上智なんですが、上智大学に入ったら、日本に興味持って日本に留学する人のゲイの確率が多分普通よりも多いことに気づいたんです。

松枝・花笑::へーーー!

登山::だから友達になるゲイの留学生の子も多かったので、普通にゲイが周りにいたっていうことも、私がLGBTに興味を持った大きな要因だと思います。そしてゲイの留学生たちは、国際的な市ヶ谷キャンパスで差別されていなかったし、特別視されず、ゲイだけで固まるわけでもなく、普通に暮らしていたんですね。

松枝::ゲイを差別的に扱うのはアジア圏っていう感じなんでしょうか?

花笑::アジアっていうか日本ですよね。アジア圏でもっと柔軟な国ってたくさんあるので、日本が遅れているんだと思うんです。日本って、目に見えた差別は少ないかもしれないんですが、結局事なかれ主義の中で、なんとなく見逃されて、なんとなく傷つきっぱなしみたいなことが多いと思うんです。例えばアメリカの場合、差別されるにしろ、するにしろ、ものすごくオープンだから、不快と感じる人が居れば彼らは声を上げる。

登山::確率的に10人か20人に1人はゲイなんですよ。ということは、サッカーのチームに多分1人はいるんですよ。ゲイの人が。でも日本のJリーグでカムアウトした人は1人もいないし、そういうちょっとスーパースター的な人、例えばイアン・ソープみたいな人がカムアウトしてくれたら、日本も変わるかもしれない。

松枝::イアン・ソープはそうなの?

花笑::そうです。

松枝::そうなんだ、へー。いいですね。

花笑::海外では、世間的に注目されている有名人には発言する責任があると思われているように思います。たとえば、ブラッド・ピットは、自分の子供がトランジェンダーであることを世間に公表しましたが、それはブラピが自分の発言がどれだけ社会に影響あるかということを、ちゃんと認識しているってことだと思うんです。

松枝::自分が「公」の人間であるってことをちゃんと自覚している。

花笑::そうなんですよね。

登山::一方で、私は日本のタレントは自覚がないなと思ってしまう。日本のテレビでは、テレビに出ているタレントとかが、平気で小さい女の子とかに「好きな男の子のタイプは?」って聞いてしまう。「女の子は男の子を好きになるべきだ」って固定観念のもとで発言している。そういうのを見ると、頭を抱えてしまうんです。この1ヶ月だけで2、3回テレビでそういうところを見ました。

松枝::ネットの記事もそうだけど、無意識に暴力ふるっていることに気づかない人って多い気がします。

登山::「いくつになったら結婚したい?」とか聞くのも、結婚するのが前提になっている。結婚しないという選択肢があることを考えていない。

松枝::そういう古い固定観念を垂れ流しにして、しかも平気っていうのは、この日本という国が島国っていうこともあるんですかね。

花笑::それは大いにあると思います。そして、その固定観念を垂れ流しにするというのは、田舎のほうが強いと思いますね。僕の祖父は僕が地元に帰ると、ヒゲもはえてて姿も声も変わってるのに、「お前は、いつ嫁に行くんだ?」みたいなことを、いまだに言ってくるんですよ(笑)。いやいやいやいや、この姿を見て何で分かんないの?!っていう…(笑)

松枝::東京ではまだゲイの人に会う機会がありますが、田舎ではそういった機会があまりないことが大きいでしょうね。テレビを見れば、まあゲイタレントはいますけども。

登山::しかし、それでも、テレビには、はるな愛さんみたいに、もともと男性で女性になった人は出ていますが、逆の、もともと女性で男性になった人っていないんですよね。

松枝::あ、ほんとだ。いませんね。

花笑::活動家みたいな人でいうと杉山文野さんとかは、メディアに露出してますけどね。まぁいわゆるバラエティ番組に出てる人ではいないですね。

登山::本当は小さいころから、セクシャルマイノリティが居るということを、ちゃんとみんなが知っていたほうがいいと思うんですけどね。

松枝::そのようなセクシャルマイノリティの存在や権利に対して認知の低い日本にこそLGBT映画が必要と言えるかもしれませんね。

花笑::いまの日本の映画におけるセクシャルマイノリティの描き方に対する違和感があります。たとえば、トランスジェンダーを描くにしても、性同一性障害で、すごく苦しんでいて、ちょっと暗い性格で、手術するためにお金を貯めていて…というようにステレオタイプが描かれることが多い。しかし、そのような描き方をすると、観客は、トランスジェンダーを記号としてしか見なくなり、トランスジェンダーを「隣に生きる我々と同じ人」として真剣に考えなくなります。そうなることを避けたいと思っています。今回の映画では、そういうステレオタイプの存在としてではなく、いまを生きる存在として、一般人と変わらない存在として、描ければいいなと思ってます。

松枝::今回のワークショップに来る人たち、参加しようかどうか考えている人たちがこの座談会記事を読むと思うのですが、そういった人たちが気にしているのは、具体的にどういう話になるかということだと思うんですよね。果たして自分のような人物が登場する映画なのかどうかというようなことが気になっていると思うんです。なので、どんな内容になるかみたいなのを今ぼんやりあるものだけでも教えてもらえますか?

花笑::本当にまだぼんやりとあるだけですけど、FTM のお話ですね。

松枝::FTMってなんですか?

花笑::Female to Male(女から男)ですね。まぁ僕と同じパターンですよね、もともと女性として生まれて、男性として生きているっていうような存在です。これ、男が演じても女が演じてもどちらでもいいんですが、その主人公は、普段カミングアウトせずに生きていて、日常の中に埋もれて過ごしているんですけど、付き合って半年経つ彼女がいるんです。しかし、その彼女と半年の間セックスをしていないんですね。で、彼女は、なんでだろうと疑問に思っている。そんなときに、周りの友達から、それは普通じゃないから浮気を疑った方がいいと言われて、彼氏の身元を調べるんです。その結果、彼氏が実はトランスジェンダーだったっていうことが分かる。分かった上で、その2人の関係は続くのかどうなのか、2人がどういうふうに、一緒にいることを選択していくのかということを物語の主軸に持ってこようと思っています。

登山::それは相手役の女性のほうも結構演技力を試されますよね。すごい葛藤があるから。

花笑::そうですね。で、また彼女の友達がみんな結婚し始めて子供をつくる。それが更に彼女にとってのプレッシャーになるとかね。そういう葛藤っていうのを描きたいなぁって思っているところです。

登山::脇役の人も色んな葛藤があるっていう話にできそうなんですよね。

松枝::ワークショップを主催する側から言わせていただくと、あまり細部を詰めずに、実際に集まってきた人からいろいろな体験などを聞いて、物語を深めていく、物語をよりリアルなものにしていくということにワークショップ自体を使ってもらえたらなと。

花笑::はい。大枠の話の設定は決めようと思うんですけど、例えば主人公のお姉ちゃん役があったとして、すごいいい役者さんがいて、その方の特技が例えば料理なんですよってことだったら、じゃぁそういう設定に変えてみようかとかってことになるかなとは思っています。僕としては、映画は基本的に作りものだと考えているんですが、しかしそれでも、本物を越えるものを作りたいと思っています。それは俳優の力を借りて作るしかないと思っています。

松枝::参加しようと思う人たちが見ておいたほうがいい映画っていうのはありますか?

花笑::「ボーイズ・ドント・クライ」とか「トランスアメリカ」は見てほしいかな。「ボーイズ・ドント・クライ」で主人公を演ずるヒラリー・スワンクは本物じゃないかと見間違うような役作りをしている。どれだけの準備をすればあれができるのか、想像を絶します。逆に言えば、俳優は、あそこまでやらなきゃいけないんだって言うことです。それを、あの映画を見て思ってほしいっていうのはありますね。

松枝::確かにあの映画は僕も周囲の俳優たちには必ず勧めます。というのも、ワークショップに来る俳優さんにどうして俳優をやってるのかとか聞くとよくある答えに「これまでの俳優人生で、何回か、真実に役を生きれた瞬間があるんですが、それが出来たときの快楽ってすごくて、その瞬間の快楽をもう一度味わいたくて俳優やってます」という答えがあるんですが、あの「ボーイズ・ドント・クライ」のヒラリー・スワンクを見たら、そんなこと言えなくなると思うんです。あの凄まじい役を演じることは、僕は確実に「苦痛」だと思うんですよね。しかも絶望的な苦痛です。なのにその役をヒラリー・スワンクは徹底的に準備をし、徹底的に生き抜いている。僕はもはや、あのヒラリー・スワンクは、「演ずる快楽」「俳優自身の快楽」のためにやっているのではなくて、重い十字架を背負って血みどろになってゴルゴダの丘を登っていくキリストと同じような「人類に対する使命感」を持って演じているんだと思うんです。世の中の人々に代わって「苦痛」を一身に受けている。そのような聖なる職業こそが俳優という職業なんじゃないか。そう思わされる映画です。「ボーイズ・ドント・クライ」は俳優なら必ず見なくてはいけない映画だと僕は思っています。

花笑::本当にそうですね。そして、やっぱり自分じゃないものを演じるっていうのはすごく怖いことだと思うんですよ。自分から遠いものをやるって覚悟がいるし。それは僕自身も作品を作るときがそうなんですけど、自分の知らないことを描くってすごく怖い。でもそこに対して真摯に向き合って、ちゃんと準備をして、覚悟を持ってちゃんと戦ってほしい。その理想形として「ボーイズ・ドント・クライ」をぜひ見てきていただきたいと思うし、あのヒラリー・スワンクと同じような覚悟で映画に臨んでくれる俳優たちに出会いたいと思っています。

飯塚花笑監督ワークショップ詳細は次のリンクよりご覧ください。
http://alotf.com/ws/vision017/