武正晴監督インタビュー2017


これは2017年5月23日から26日までの4日間行われる「俳優のための実践的ワークショップ」で講師をしていただく映画「百円の恋」の監督武正晴さんに行ったインタビューです。
インタビュアーは、アクターズ・ヴィジョン代表の松枝佳紀です。
 

 
  ワークショップって正直難しいなと思ってます。やっぱり教えることが僕の専門ではないので、自分もそんなに勉強してないって事もありますから、教えるって気分には、なかなかならなくて、もしワークショップをやるにしても、自分の試したいこととか、確認したいこととか、やったら面白くなるんじゃないかなってことをやることしかないと思っています。
 
松枝  アクターズ・ヴィジョンにおける俳優教育の中心は、「現場」を経験させるということだと思っていて、でもワークショップに参加する俳優たちが呼ばれる「現場」っていうのはチョイ役で行くような現場か、メインの役をもらっての出演であっても経験の少ないスタッフばかりの自主映画のような現場ばかりなので、なかなか成長させてもらえる「現場」が少ない。なので、講師となる監督たちには、うちのワークショップを、監督が本気で何かを作ったり試したりする「現場」に近い緊張感を持った「疑似的な現場」にすることによって、結果として、参加した俳優が成長したり、気付いたり、学んだりする場所を提供して欲しいと、そうお伝えしているんです。
 
  そうですよね。それしかないと思うんです。
 
松枝  はい。
 
  それでもやっぱり難しいなと思うのは、監督だって、「本番!」っていう時と「テスト!」っていう時じゃ、スイッチの入れ方って違うんですよね。人間のサガと言うか、「疑似的な現場」だって思うとぬるくなる。監督だとしても、本当の「現場」並みの緊張感って、自分自身や周囲を「追い込んで」いかないとそういう「真剣勝負の場」にはなかなかできないし、やっぱり「生きるか死ぬか」でやってるのと、ある時間だけの「はい、今日はどうもお疲れ様でした」でやっている場所とでは出るエネルギーが違うんですよね。
 
松枝  はい。その通りだと思います。だから、できるだけ「現場のようなもの」とするためにも、講師となる監督と綿密な打ち合わせをして「現場のようなもの」をちゃんと作り出すことに腐心しています。
 
  毎回、ワークショップやる前に「ここで何か生まれるかもしれない」って期待しちゃうんですが「期待しちゃダメ」って自分を戒めるんです。
 
松枝  わかります。期待と絶望とは背中合わせですね。応援している俳優たちが頑張ってくれないと僕もがっくり来ちゃいます。
 
  ただ、こうも思うんです。「来週ワークショップがある」と思って生きるのと「来週なんにも無いな」と思って生きるのでは多少なりとも違うのかなって。僕ら監督も同じですが、「来月撮影に入る」と思っているのと、「来月何にもないな」と思っているのとでは、明らかにこの一か月間の過ごし方が変わる。監督だけじゃない。来月に撮影があるなら、撮影助手は撮影助手なりの一か月を送る。また別のポジションであれば別の過ごし方をする。「来月撮影に入る」ということがあるだけで「命のかけかた」が変わってくる。ワークショップにしても同じことで、「来週ワークショップがある」というだけでそれまでの一週間をどう過ごすか変わってくるんじゃないかって思うんです。撮影もなければ何にもないっていう状態よりも、撮影は無いけどワークショップがあるという状態のほうが、毎日の俳優生活において張り合いが違うとすれば、ワークショップをやることにも意味があるんじゃないかって思ったりするんです。
 
松枝  たしかにそうですね。違うと思います。希望をつなげますから。
 
  だとすると、ワークショップではそれを見せてほしいんです。ワークショップまでどう過ごしたかを。ワークショップという「異物」を入れたときに「俺はこう生きた」、「私はこう生きた」というのを見せてほしい。それを見せてもらうのだけが、僕にとっては楽しみだなって。もし、それがないと絶望して帰っていくだけですね(笑)、さらに言うと、「ワークショップを経て、明日からどう生きるか」にも意味があるのかもしれないですね。ワークショップをきっかけに、「じゃあ、明日から違う生き方をしてみよう」っていう、僕のワークショップがそういう起点になれば良いなと思っています。
 
松枝  何をしたいとか、具体的にありますか?
 
  毎回ワークショップをやるたびに、僕は、自分自身を飽きさせない為に、どうしたらいいかな、と思ってるんです。テキストやったりする時もありますし、その時その時の見た映画で影響受けたものから、自分の感じた事とか、こういうことやってみたいな、という時もあります。もしくは、こういうものが最近の日本映画とかテレビドラマとかに足りないと思っているようなことを補強する場にしてみたり。普段、なかなか自分が出来ない事、そういうものを俳優さん達と共有するっていうのにチャレンジしたりもします。あと、いかに芝居が難しいかってことを、俳優を志す人に知ってもらうのも大事だろうと思っています。
 
松枝  芝居の難しさってどういうことですか?
 
  映画を見ていると、俳優さんたちのやってることが簡単そうに見えることがあるんです。自然すぎて。しかし、その「簡単そうに見えること」がいかに難しいことなのかっていうのを知ってほしい。名優たちはそういうのをいとも簡単にやってみせるんですけど。
 
松枝  たしかに、安藤サクラさんや新井浩文さんたちと、いまここにいる自分たちの距離をちゃんとわかるのは大事ですね。
 
  俳優がいかに難しい仕事であるかを感じてもらいたい。普通の人には出来ないことをしている。僕も現場で何回か見せてもらいました。本当に信じられないようなものを。それを俳優たちはやってのける。人間業ではない。だから「俳優」=「人に非ざる優れた者」と呼ばれるんでしょうが、本当に難しいことをやっている。
 
松枝  安藤サクラさん、新井浩文さんのような俳優はどうやって育ってくるとお考えですか?さすがに生まれながらに凄かったというのはなかったでしょうから、なにかが彼らを本物の俳優にしたんだと思うんです。まさかワークショップとかではないでしょうけど。
 
  いや、彼らもワークショップを受けてますからね。若い時は下積みもしています。それこそ、新井さんは松枝さんの師匠の荒戸源次郎さんのところのいたんじゃないですか。
 
松枝  たしかに荒戸さんと暮らすのもワークショップと言えばいえますね。
 
  それにサクラさんは、その昔、ワークショップで会ったことがあるんですよ。まだ無名の女の子だった。いまは売れている彼女だって、ワークショップに参加したりして、もがいてた時期もあったんです。そういうのを経て来てますから。まあ、苦労はしてますよね。
 
松枝  安藤サクラさん、武さんのワークショップに参加してたんですか?
 
  僕のワークショップではなくて他の監督のワークショップで、僕はオブザーバーとして呼ばれたんですが、集まってる俳優たちの中に変な奴いるなあって思ってましたよ。
 
松枝  安藤サクラさん、目立ってたんですね笑
 
  うん。変でしたね。

松枝  その後、安藤サクラさんとそのことについて話したりしました?
 
  「百円の恋」の出演が決まって、お会いした時に彼女から言ってきたんですよ。「一番最初に会った時のこと覚えてます?」って。で「覚えてるよ」って言ったら、「絶対覚えてないでしょ!」って。
 
松枝  ところで、俳優は訓練でどうにかなるもんなんでしょうか。
 
  なると思います。とくに若い時はめちゃくちゃ苦しいところに居たほうが良い。「若い時は誰しも「間違う資格」があるし「文句を言われる資格」がある」。徹底的に言われていい。徹底的に言ってもらえるのが、ものすごいありがたいんです。理不尽なことでさえ「くそ、この野郎」って原動力になりますから。
 
松枝  そうですね。大人になると変なプライドとかあって、受け入れられなかったりする。言うほうも遠慮しちゃったりする。
 
  あと大事なのは「目的」です。
 
松枝  なんの「目的」でしょうか?
 
  「この戦場から生きて帰るんだ」という目的・・・というか覚悟ですね。それがないと生き残っていけないというか、「このまま行ったらもう本当にどうにもなんねえぞ」っていう恐怖感を持つということですね。「なんとかなる」って楽観論じゃなくて、「やばい」という危機感。「もう引き下がれない」という気持ち、そういうものをどこまで「実感」として持てるか。
 
松枝  本当にそうですね。「覚悟」の有る無しが命運を分ける。俳優になると言って反対を押しのけて東京に出て来たはずなのに、「覚悟」もなく、だらだら生きている。意味が分からない。
 
  大事なことは、自分の目的のために、どこまで冷酷、冷淡になれるかっていうことだと思うんです。それは「どこまで自分を追い詰めていくか」っていう作業ですよね。映画監督や俳優という職業を目指すときに、親、兄弟が味方になってくれるはずもない。まず身内からどんどん外していかないといけない。安藤サクラさんも言ってましたが「自分のことを知らない人たちの中でどこまでやれるか」というのが勝負なんです。身内や彼女彼氏に褒められても仕方がない。自分のことなんか知らない誰かに面白いと言わせる。それが目的にならなきゃいけない。もっと言うと、日本から離れて外国行っても勝負できんのかっていう話です。世界中の売れている俳優はみんなそういう意識で戦っている。
 
松枝  本当にそうですね。
 
  人間て凄いんです。意識を上に持っていれば、どんどん上がることが出来る。でもその意識を持ち続けることが出来る人はほんの一握りなんです。その人たちだけが上にあがる。どんな仕事もそうですけど、結果はすぐ出ませんよね。映画で考えても、形になるのはだいぶ先です。「百円の恋」で言えば、六ヶ月。それでも安藤サクラは人生を捧げてくれたんです。いまでこそ皆に評価してもらえる映画になっていますが、撮影前はそんなことになるかどうかなんてわからない。なのに安藤サクラは、六か月の間、人生を捧げてくれたんです。それはすごいことです。世間が花見をしているときに、安藤サクラはボクシングの練習をしているわけです。そこで差が出るんです。
 
松枝  はい。
 
  たとえば10年かけてある映画を作るとする。その場合、撮影が終わるまでの10年の時間すべてが無駄なく映画のために奉げられている。ちゃんとあなたたちは人生を奉げているのかという話です。冠婚葬祭やっている場合じゃない。もちろん、極端なことをあえて言っているわけですが。しかし、俳優を目指すならイメージを持っていないと。自分はどんな監督と映画を作るのか、作りたいのか、どういう俳優と共演したいか、どういう役でやりたいか、それを10年前からイメージしているかどうかで結果は大きく違う。
 
松枝  武さんはどうだったんですか?
 
  僕はやっぱりイメージしながら東京に来ました。そこはやっぱり大きいですよね。「誰とやるんだ!」「どこでやるんだ!」「どういう映画に出るんだ!」「誰の脚本をやりたいんだ!」そういうことが具体的にイメージされてないといけない。ただなんとなく「映画に出たい」とか、「売れたい」とか、そんな曖昧なビジョンで成功した人を僕は知らない。
 
松枝   ワークショップにきてる俳優たちに好きな映画とその理由を聞くと大体ぼんやりしてる俳優は芝居もパッとしない。自分がなろうと思っている存在への思いが弱くてなれるわけがない。
 
  第一線で活躍している俳優たちは、みんな自分が誰とやりたいか、どうなりたいかの具体的なイメージを持っている。だから、僕らがオファーしても「こういう作品には出ません」とハッキリ言うし、こういう監督だったら出たいとか、共演俳優が誰だったらやるとか、そういうことをちゃんと言いますよね。そうすると、作品がやっぱり上がってくるんです。
 
松枝  そういう高い意識でやっていけるのは「一部の人間」だけのような気もします。
 
  でも、誰にでもその「一部の人間」になる可能性は残されていると思うんです。「百円の恋」を作るときに思っていたのは「どんな人間でも一度は表舞台に立っていいんだ」ということでした。「表舞台に立つ権利」はみんな持ってるはずなんですよ。しかも、ワークショップに来る俳優たちはわざわざ「俳優」になって表舞台に立とうと思ったわけですよね、そのスタートを切ったこと自体がもう「才能」だと思うんです。普通、思いませんから、俳優になろうなんて。俳優を目指す奴なんて学校で学年に1人もいないはずです。親兄弟に「頼むから俳優やってくれ」なんて言われてやってる奴はほぼいない。そう考えたら、まず「誰に頼まれたわけでもなく自分で俳優を選んだ」ってことを、もっとすごく大事にすべきだと思うんです。
 
松枝  本当にそうですね。
 
  ワークショップとかでは参加者に聞くんです。どうして俳優をやりたいと思ったのかって。必ずあるはずなんです。俳優になりたいと強く思った瞬間が。守るべきことはその時に「何かを見た」「誰々がやってるのを見た」「感動した」「わたしもああなりたい」っていう、そこだけだと思うんですよ。それを大事にしていけば、それを乗り越えるのか、その人と共演するのか、その人の監督作品に出るのか、その人がもうこの世にいないんだったら、その人の遺志を継いで映画に出るとか。
 
松枝  はい。
 
  自分が「俳優」を選んだ最初のところの動機がとても大事だと思うんですよね。そういうものが無い人は長続きしない。僕たち作り手側もそうですけど、憧れるもの、近づきたいもの、乗り越えたいものが具体的に必要なんです。あの映画のあのカットのあの入り方のようにできないかとか、あの映画のあのシーンのエキストラのああいう動きを作れないかとか。「百円の恋」も、僕が憧れる先輩たちの作った映画に追いつきたいという思いでやったんです。でも、とても敵わない。だから、次はもうちょっと近づきたいっていうのがある。映画はもうそこしかないんですよね。自分が足りないところをどうやって残された人生の中で少しでも修練して埋めていくか。もはや修行です。この前、中井貴一さんと仕事したんですけど、同じこと言ってて。「死ぬまで修行ですよね」って。あの中井貴一さんがです。
 
松枝  やっぱり、売れていてもそう言う意識でいるんですよね。いや、売れているからこそ、そういう気持ちで続けているのかもしれない。
 
  そうなんですよね。やっぱり良い仕事してる人は、良い仕事してる職人たちを見てきてますから、そういう職人たちに憧れているんですよ。あこがれる。それがやっぱ僕は大きいと思うんですよね。何か良いものを見た。良い演劇を見た。あれに追いつきたいというのがね。絶対あるんです。
 
松枝  そういうことで言うと、こんな人間になりたいと憧れる人や、出たかったと思える映画、演劇に、いかにして出会うかというのが大事ですね。
 
  良い映画、良い演劇に出会えるっていうのも才能だと思うんです。つまり、何かを見るってことは自分で「選択した」ってことですから、そのセンスの良さですよね。「よくあの時、あれを自分で見に行った。ヨシヨシ」って自分をほめてやりたくなる笑。何かの偶然性も含めて、自分でそれを見つけたわけじゃないけど、誰かに教えてもらったり、連れて行ってもらったりしたのはありがたいなあとか、あの人が紹介してくれたことってスゴクいまの自分に役立ってるなあとか。そういうことをどうやって積み重ねていけるか。やっぱり自分で道を作っていくってことはそういう事で。そうしていくと、いつか知らないうちに「憧れの場所」に近づいている。
 
松枝  選択って大事ですね。一回しかない人生、どういう映画を見、どういう映画に出るか、どうやって時間を過ごすか。選択のセンスというか、選択力を高めないとまずいですね。しかし、どうやったら選択力を高めることができるんですかね?
 
  たとえば「選択」というと、出演する作品を選ぶときに大事なのは、なにより読解力ですよね。シナリオや戯曲を読む力。そして読むだけじゃなくてイメージできる力。それを身に着けることが「選択力」を上げることにつながると思うんです。
 
松枝  シナリオって日本語で書かれているじゃないですか、だから「読めて当たり前」ってタカをくくっている俳優が少なくないように思います。
 
  シナリオの読解で大事なことは、読むだけじゃなくて、そっから具体的にイメージできるかどうかってことですよね。書かれた文字がどんなふうに映画として世に出ていくか、どんなふうに人に影響を与えるか。ここの芝居がどういう芝居になり、誰に届くのか、誰のために書かれていることなのか、そういうことを読み取ってイメージしていく力。それがないとダメなんですよね。
 
松枝  文字の裏側を読めるかどうかですよね。
 
  そう。書かれている文字の裏に隠れている思い、誰に対して、どういう社会に対して、どんな腹立たしい奴に、どんな面白い奴に、これを届けたくてその映画を作ろうとしているのかっていう「作り手の思い」を、シナリオから読み取る力を鍛えるべきですよね。そういう意味ではワークショップで色んなシナリオとかを閲覧できる場を作ってあげたりしたらいいかもしれない。
 
松枝  我田引水になるんですが、五月から、シナリオ作家協会と組んで、シナリオ読解講座ってのを、色んなシナリオ作家にやってもらおうと思っていて、俳優として表現力も大事だけど、そもそも本からイメージを立ち上げるっていうのを訓練しようと思っているんです。
 
  それはとても素晴らしい試みなのでぜひ続けてほしいですね。
 
松枝  はい。
 
  それにしてもワークショップで僕がいやなのは、たとえば課題でテキスト渡すじゃないですか、あるシーンの。でも本当はシナリオって前後がある。2時間なら2時間のテキスト、映画の時間ぶんのテキストがある。それを全部読まないと、途中のあるシーンの、ある何気ない一言の意味なんて分からない。だから、ワークショップでテキストをやるのは抵抗あるんです。
 
松枝  荒井晴彦さんのワークショップでは、まるまるシナリオを2冊読んでもらってから、そのなかのあるシーンをやってもらったりしています。
 
  本当にそれが正しいやり方です。僕らもこの仕事を始めた最初のころはシナリオって読んだ事なかったので台本なんて読めなかった。でも、三年から四年、毎日のように色んな作品のシナリオを読み続けているうちに何となくつかめるようになった。
 
松枝  習慣にするって大事ですよね。シナリオを読むこととか。俳優として必要なことを基礎トレーニングとしてやるのは本当に大事だと思うんです。
 
  そうそう。ルーティーンですよね。習慣を変えていくっていう。だから、「朝起きて「新聞」読んで」というのを「朝起きて「台本」読んで」にしたらいい。だって俳優なんだから。朝起きて「テレビを見るのか」「映画を見るのか」「ネットを見るのか」3つのうちどれをやりますかってことですよ。そういう選択をしていくと、毎日をどう生きるかという自分の行動が変わっていく。俳優としても研ぎ澄まされていくわけです。
 
松枝  この、僕のワークショップでは、いろんな方に講師をやっていただくわけですけれども、先日やっていただいた成島出監督とか、それから日常的に、マイズナー・テクニックというのを俳優たちに教えていただいているボビー中西さんとか、言うことが似ているんですよね。つまり、俳優はアスリートと同じで、日常的な訓練をちゃんとつまないといけない。しかも、映画界で活躍できる俳優なんて、アスリートで言えば、オリンピック級のアスリートなわけだから、その練習量は半端ないはずだということを共通して言われるんです。
 
  ほんとうにそうで、俳優も積み重ねなんです。いま台本もらって役作りして「はい」っていうのではない。10秒の表現のためにその前の10年がある。20秒の表現のためにその前の20年がある。30秒の表現のために30年がある。芸術家って、みんな、そうじゃないですか。僕らも同じです。毎日の修行の結果が、10年後の10秒に出るんです。本当にアスリートと同じです。わずか9秒いくつの世界新記録出すために四年間走り続ける。ワークショップでも言うんですけど、10秒何かをするために10年いるんじゃないのって。10年をどう自分で積み重ねているかで、ある日突然、台本と出会えたり、監督と会えたり、共演者に出会えたりして、様々な偶然をモノにして、奇跡的な10秒を作り出せる。僕ら作り手も同じで、この25年とか、この30年があったから、今、こういう俳優やシナリオと巡り会えるんだなって思うんです。そこがワークショップでもきっかけになって、じゃあ、明日から20年、同じ事をやって下さいっていう。ワークショップの時だけやるんじゃなくて、朝起きたら仕事だと思って、目が覚めたら仕事だと思って、「仕事がない」なんて言葉は出ない。いま生きるのがあなたの仕事だって。それは10年後の奇跡を起こすための1日なんだって。街歩いてたって仕事できるでしょって。「仕事」というとお金をもらうことと思っているかもしれないけど。お金をもらうのは俳優の仕事じゃないから。お金が欲しいんだったら俳優なんて仕事を選ばないで別の実業家でも銀行員でもやればいい。あなたたちの仕事は10年後の10秒のために今を積み上げること。だから今この瞬間が仕事なんです。いまをどう生きるかが、あなたたちの仕事なんです。仕事がないなんてことはないんです。だからワークショップで一喜一憂して欲しくないなと思うんですよ。そんなとこじゃないでしょ。もっと大きく考えてよ、って。それがワークショップやった時にまた良い結果になるし、その時だけで酒飲んで、一喜一憂するようでは、やって意味ないじゃない。よくわからない演出家にね、上手いとか下手とか言われてね、怒ったり、凹んでるようではあなた達上がらないよっていうね。それより、自分のルーティーンをちゃんと見つけて、自分でやってくって事を続けてく中で、監督とか作品にどう自分を繋げていくかっていうことなんです。そうでないとワークショップに意味なんてない。ある日突然ですからね、全ては。ある日突然、起こりますから。ある日突然、何かしなさいって言われるから。その時のために、言われないでも、どうやって10年先に準備をしているかっていうことなんですよ。
 
松枝  言われて準備してたら間に合わないですよね。
 
  もう間に合わないですよ。その時に、もう結果を出さなきゃいけないから。それまでにずっとやってれば、何かできるんですよね。ああ、やっといて良かったって思うし、やってなくて失敗したって思う時もありますよ。やっときゃ良かったって思うことも死ぬほどあります。それはやっぱり何がやって来るかわかんないんで。でも、チャンスはあるんです。必ず一度はある。でもそのやってきたチャンスを逃したら次はない。そう覚悟してやらないと。毎回なにか結果を出さないと呼ばれない。そこは怖い所です。しかし、今、世に出てる俳優さんたちって、そのチャンスをちゃんと掴んでる人なんです。そこをちゃんと考えた方がいいと思うんです。成功している人は、その瞬間偶然にうまくいった人たちなんだと思っているかもしれないけど、彼ら彼女たちは、日常の準備をしていて、その時に訪れた一回のチャンスでちゃんと結果を出している人たちなんです。
 
松枝  そういうことで言うと、今回の武さんのワークショップを、ついに訪れたチャンスと思って参加する人も居ると思うんです。
 
  そう思ってほしいんです。そのために、どういう準備を10年してきたかを見せてほしいと思っています。
 
松枝  生臭い話になりますが、次回作の出演の可能性もあると?
 
  もちろん。出会ったんですから。ただし、こう考えてほしいんです。「役」というのは無い時もあるっていうふうに。どんなに上手い人でも「役」がなければ、「役」はないんですよね。この人使いたいなあ、この人、上手だよなあ、何かないかな、って思うんですけど、ないんですよ、役が。男が出てこない、女が出てこない、おばさんが出てこない、おじさんが出てこない、二枚目が出てこない、不細工な男が出てこない、ってなってくるとやっぱり「役があるかないか」なんですよね。出演にかんして言うと。だから、毎回この人、いいなあ、何かないかなあって、いつも思ってるんですよ。ストックはしてるんです。で、ある日、そういうチャンスが訪れるわけですよ。この人いたなって。関西弁喋れるし、歳もいいし、柄も合ってるよなっていうのでキャスティングする。ということを考えると、僕のワークショップはたしかにチャンスではあるけど、それは直接的につぎの作品にキャスティングされるかどうかというと、役があるかどうかという話になるんで・・・。
 
松枝  でも、こういうことですよね。今回のワークショップは、次回作の出演を保証するチャンスではないけど、武さんの俳優ストックの中に入るチャンスだっていう。
 
  はい、そうです。
 
松枝  今までにありますか?そういうワークショップとかで。
 
  たくさんありますよ!もうほとんどありますよ。もう何年も会ってない奴を、急に資料引っ張り出して来て、呼んだりすることもある。
 
松枝  なるほど。どっかに、誰だっけな、あいつ、みたいな。
 
  それはもう、助監督時代から全部チェックしてるんで。どっかで使いたいなと思った人は頭の中にストックしときます。それで、オーディションの時、選べなくても、いつか使うぞ、と思ったりとか。やっぱそういう人多いですよ。あれ、上手いなあ。吉田羊さん、上手いなあ。って思ってストックしてましたもん。何か使えないかなあって。
 
松枝  でも、すでに売れている人を使うほうが観客を呼びやすいとかあるんじゃないですか?
 
  それは簡単な方法で、手を抜いてるように思うんですよね。発見がないんですよ。小さい映画だと色々知らない人出てたりして、良い俳優いっぱいいますけど。大きな映画で、これ誰だよって思うような俳優さんが出てこないから。だから、そこはやっぱり手抜いてんじゃねえの、って思っちゃうんです。楽ですよ、知ってる人呼んでくりゃいいだけだから。そうじゃなくて、発掘するってやり方もすごく必要で。それは、やっぱり皆が納得しないと選べられませんから。この子で良いんじゃない、役に合ってるよねっていうね。難しいけど、そこにチャレンジしたいし、しないと意味ないと思っています。
 
松枝  たしかに観客の気持ちを裏切る為にも誰これ?っていうのがいた方がいい。
 
  顔わかんないけど、えって思うような人が出てくる映画は、ちゃんとキャスティングしてんなあって感じしますよね。まあ、原田眞人監督はよく舞台の人をたくさん使って、誰だよ、こいつって思う人を使ったりするじゃないですか。ああいうアンテナを張ってるかただし、キャスティングにこだわってるんだなあと思う。そもそも僕がワークショップをやっているのは、そういうちょっと顔のわからないけども、映画を引き立ててくれる俳優と知り合いたいからなんです。出てもらうからには知り合わないといけないので。
 
松枝  どんな人に来て欲しいとかありますか?
 
  ウマい人(笑)
 
松枝  ウマい人!?(笑)
 
  情熱はいりません。ウマい人。才能のある人。会いたいですねえ。それはやっぱいますよ。上手い人。びっくりしますよ。出会えるといいな。
 
松枝  いま皆が知ってる俳優で武さんがうまいなと思う俳優は?
 
  オーディションの時の吉田羊さんなんか凄かったですよ。もう飛び抜けてましたよ。なんだ、こいつは、と思いましたよ。舞台で結構有名だとか三谷さんのやつに出てるって聞いてて色んな人に推薦されて一回見てみたいなと思って。もう飛び抜けてましたよ。参りましたよ。楽しかったですもん、オーディション。ああ、この人絶対いいなと思って。嬉しくなりましたもん。そういうオーディションやってても皆が嬉しくなるような感じ。もうありがとうって言いたくなるような感じ。そういう瞬間を作れる人じゃないと。
 
松枝  そういう出会いの場にしたくて、僕は12年間このワークショップやってます。
 
武  そうでしょ。だから、才能のある人に出会いたい。僕がこの仕事やってるのってそれしかないですもん。自分より才能のある人間にあと何人出会えるかっていう。自分みたいなボンクラがちょっとでも良い景色見るためにはもうそういう才能のある人に出会わない限りは上がっていけないですよ。もう何にもないですからね。でも、やっぱりいるんですよ。若い奴らでも、物凄いのが。音楽家にしろ、次から次へと才能ってのが、1つの映画に集結してくるわけですから。その出会いですよね。その逆もありますよ。なんだ、これは(笑)って思っちゃう時もありますよ。あーあ、何かなあ。もうちょっと何とかなんないかなあって思う時もありますけど。でも、確実に1つの作品やるたびに新しい才能と出会えるわけですからね。だから、そこしかないですよね。ワークショップでも一番の楽しみは、どんな才能と出会えるんだっていうことじゃないですか。どんな上手い奴、どんな芝居バカ、もうborn to the 芝居みたいなやつとか。こいつもう他の事やっていけないだろうなってくらい、芝居が好きだとか。芝居オタクとか映画オタクとか。人を楽しめるとか、楽しませられるとか。性格が良いとか。会いたいです。それだけです。
 
(2017年4月5日、新宿三丁目にて)

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