奥田庸介監督インタビュー


このインタビューは2017年3月9日から4日間行われる「奥田庸介監督による俳優のための実践的ワークショップ」に備えて行われたものである。

文頭の太字の「奥田」は今回のワークショップ講師である奥田庸介監督の発言を現し、「村岡」は奥田監督の新作「ろくでなし」(2017年4月15日公開)のプロデューサーである村岡伸一郎の発言、「松枝」は当アクターズ・ヴィジョンの代表の松枝佳紀の発言を現す。ちなみに、荒戸源次郎を師に仰ぐ松枝にとって村岡は兄弟子に当たる。

◎映画とは何か、俳優とは何か

松枝 奥田さんにとって映画って何ですか?
 
奥田 ひとことで言うと、映画は「芸術」だと思っています。「芸術」であるべきだと思っています。

松枝 芸術で「あるべき」ということは、芸術「じゃない」映画もあるということだと思うんですが、「芸術である映画」と「芸術でない映画」を分けるものって何なんでしょうか?

奥田 個人的見解になるんですが、「芸術である」っていうことは、「生きることそれ自体が創作と直結していること」だと思っています。

松枝 それは、「生きるために」作らざるを得ないのが「芸術である」映画であり、一方、「金を稼ぐため」に作られているのが「芸術でない」映画だというように考えてもいいですか?

奥田 そう言ってもいいです。「金を稼ぐ」ことを目的にするなら、その「映画」を撮らなくても良いということになります。もっと別の映画でもいいし、さらには映画作りじゃなくてもいいはずです。実入りの良い仕事があるならそれをすればいい。しかし「生きること」それ自体が創作と直結しているということは、その「映画」を撮らなければ「生きられない」ということです。他のことじゃだめなんです。その映画じゃなきゃダメなんです。

松枝 なるほど。良くわかりました。

奥田 はい。

松枝 では、その映画を撮らなければ生きられない「芸術である映画」を撮ろうとしている奥田監督にとって、「俳優」と言うのはどういう存在でしょうか?

奥田 これは私の考えであって、必ずしも正しいかどうかはわからないのですが、「俳優」には「監督の駒になってほしくない」というのが先ずあります。一緒になって、ものを作ってほしい。一緒になって、芸術してほしい。だから「技術」で、なんか監督に言われたお芝居を「こんな感じでどうでしょう」みたいに、既にある引き出しから出すんじゃなくて、もっとこう「私と同じ立場で」表現しようと思ってほしいというか、自分の言葉で語ってほしいんです。技術が上手いとか、どうでもいいんです。迫ってくるものを見せてほしい。それができる人が「俳優」だと思っています。

村岡 でも、監督は、自己主張の強い俳優は嫌いだよね(笑)

松枝 そうなんですか?

奥田 はい。

松枝 「監督と同じ立場で」表現してほしいと言うことは、いっぱい意見を言ってほしいとおっしゃっているようにも感じられちゃうんですが。

奥田 いや、「自己主張をしてほしくない」っていうのは、意見を言ってほしくないってことじゃないんです。あくまでも物を作るっていうこと、いい映画を作る、表現するっていうことを第一に置いておいてほしいってことなんです。自分が目立つためとか、そういうことを主張されるのが嫌なんです。「映画のことを第一に考えてほしい」。

松枝 なるほど。「映画のことを第一に考えて」言う「映画のための」主張はたしかに「自己」主張ではないですね。「自分を良く見せるため」とか、「自分の芝居の都合」だけで言う主張が「自己」主張ということですね。そういうのはいらないということですね。

奥田 そうです。

松枝 「映画」を良くするための主張は受け入れるということですね?

奥田 これも非常に難しい話なんですが、自分の都合で言っていることと、映画のために言っていることとが分けきれてない人も多いんです。なのに主張してくる。「映画のための主張」のように「本人は」思っているけど、実は「自分のための主張」であることが少なくない。そういうのはいらない。なにより私が監督です。私の意見を聞いてくれないのでは、まとまるものもまとまらない。まずは私の意見を聞いてくれないと困ります。

村岡 俺が師匠の荒戸(源次郎)さんに教わったのは「映画の側に立って考える」のが重要だということ。そう考えられる人が何人いるかがさらに大事だということ。「5人いれば戦争が出来る」って荒戸さんは言ってたけど、その「5人のうちの1人に俳優がなる」ってことがすごい大事なんだよね。とくにメインの俳優はそうだね。そういう話はずいぶんした。

奥田 しましたね。大西(信満)さんとかほんとに「作品のため」と動いてくださって。ありがたいし楽しかったです。
 
 
◎次回作の話、どんな人にワークショップに参加してほしいか

松枝 奥田さんの新作「ろくでなし」の公開が決まりました。

村岡 4月15日です。

松枝 ということは、あたりまえですが、今回のワークショップ参加者は「ろくでなし」にはキャスティングされないわけです。しかし、ワークショップに来る俳優は期待すると思うんですよね、次の作品には出たいと。

奥田 それは大丈夫です。新作を撮ろうとして動いています。

松田 あ、そうなんですね。

奥田 昨年公開した「クズとブスとゲス」は凄く私の個人的な映画でした。で、今度公開の「ろくでなし」は視野を広げていろんな意見を入れて、より訴えかけられるような映画にしようと考えました。そして次回はまたグッと個人的な物を作ろうと思っています。いまの世の中「こうすりゃ売れる」とか「ああすりゃ売れるよ」とか非常に貧しい。そういう風潮に乗ることなく、作りたいと思える映画を作っていくという「芸術である映画」の健全性を守って映画を作り続けていかなければならないと思っています。

松枝 ちなみにその次回作というか、構想というか、喋れるレベルで構わないのでお聞かせ願えますか?

奥田 群像劇で、若い青年と女性を舞台にした血生臭い話ですね。

松枝 血生臭い話なんですね。

奥田 人間の限界、ギリギリのところを描くことが私は好きなので、「暴力」とか「性」の問題は切っても切れないと思っています。だからと言って血が出りゃいいというような映画が作りたいわけではないんです。逆にそういうものは絶対に撮らない。表現として、芸術として、私が出来ることを精一杯追及するものを撮ろうと思っています。

松枝 熱い映画なんでしょうね。奥田さんご自身が熱いし。

奥田 熱い映画にはしたいですね。

松枝 うちのワークショップからメインどころをピックアップしてくれると嬉しいですがそんな可能性はありますか?

奥田 すべての可能性に関して閉じたくないと思っています。一緒にやりたいと思える人がいれば嬉しいです。

松枝 女衒として言わせてもらえれば、いい子は絶対います。

奥田 楽しみです。

松枝 どんな人に来てもらいたいかとかありますか?

奥田 そうですね……やっぱり、こう、生きるのがツライ人たちがいいですね。

松枝 生きるのがツライ人たち(笑)

村岡 昨日ミロス・フォアマン監督の「カッコーの巣の上で」を見直したんだけど、あの施設の人たちとかみんなすごいよね、まあ、ジャック・ニコルソンみたいな人が来てくれるとそりゃすごいけどね。

奥田 いいですねぇ。

松枝 ジャック・ニコルソンはうちのワークショップに……いるかもしれません。というか、思わぬ人材に会えるのでおすすめです。

村岡 たしかに、今回の「ろくでなし」もワークショップで見つけた人を沢山キャスティングしている。そういう人たちは事務所に所属してなかったりするので、ワークショップが無かったらどうやったらキャスティングしていいか分からない。

奥田 俳優も表現者だから。人生と闘っている表現者の方と巡り逢えたらいいなあ、と思ってます。そういう方と一緒に素晴らしい映画撮れたら最高です。

松枝 どの年齢層に来てほしいとかいうのはありますか?男性女性どちらもですか?

奥田 私も30になり、そろそろ腰を据えて女性を見つめないといけないなと思っています。今まで男中心の男くさい映画を撮ってきたので「女性を描きたいという気持ち」があるんです。なので女性にもぜひ参加してもらいたいです。
 
 
◎村岡プロデューサーの立ち位置

松枝 奥田監督のこと、村岡さんはどう思ってますか?

村岡 監督のこと?俺が?

奥田 (村岡Pが話そうとしているのを見て)ちょっと待って。目の前で話されるとなんか恥ずかしいので、トイレ行ってきます。(と居なくなる)

松枝 いなくなっちゃいましたが、どうですか?奥田監督は。村岡プロデューサーにとって。

村岡 真面目だなって俺は思うかな。なんかこう、取り組み方とか考え方も、その、なんかもう、キチガイな部分もあるんだけど、やっぱ映画のことばっか考えて、愚直にまっすぐに、それが合う合わない、色んな意見はあるにせよ、彼の中の核みたいなものはしっかりあって、それをなんとかしようってもがいてる。常にこう、映画という媒体を通じて表現することを考えていて、もがいて、あがいて、苦しんでる。ひとことで言うと表現者ですね。

松枝 村岡さんも表現者ですか?

村岡 俺は表現者じゃない。

松枝 プロデューサーはやっぱり違いますか?

村岡 俺は自分のことを編集者とかその辺に近いのかな、て思ってる。結局表現する人は、映画監督や俳優であって、俺はそのステージを作る、表現者が表現できるようなステージがどうなったらいいんだろうと考えてステージを作る役なんで、編集者とかそっちの方の立場。まあ特にね、お金のこととかもあって、そういうふうに思っている。

松枝 作品の内容とかキャスティングとか、一切口を出さない?

村岡 いや、出す。相当出す。

松枝 あ、相当出すんですね。

村岡 それはもちろん。でも、その人を信頼してアレしてれば、基本はお任せにするところもあるけど。でもやっぱり自分の意見は言うな。

松枝 ちなみに、今回のワークショップ、村岡さんはどうかかわりますか?村岡さんは荒戸組の僕の先輩として、奥田さんを僕に紹介してくれましたが、奥田さんの次回作のプロデューサーは村岡さんはされないんですよね?

村岡 そうだね。次回作は別の案件を抱えているから奥田君とはやらないけど。

松枝 僕的には、ワークショップにも何日か来てくれると嬉しいです。

村岡 そうなの?

松枝 ええ、奥田監督の次回作に使ってもらえる子はもちろんいるでしょうが、村岡さんのほうの映画に使ってもらえる子も参加しているかもしれないじゃないですか。村岡さんにも見てもらいたい。監督さえよければ。(そのタイミングで奥田監督が戻ってくる)奥田さん、ワークショップに村岡さんに来てもらってもいいですよね?

奥田 全然、それはもう大丈夫です。

村岡 なら何日か行きますよ。俺も、監督が演出しているのは見たいし、どういう子がいるのか自分の俳優のストックになるから見ておきたいし。というか、そもそも「ろくでなし」をやろうとなったのも、奥田監督のワークショップの熱さに興奮したからだし、あれをもう一度見てみたい。俳優たちが本当に全力でやるようになるんだ。それは見ていてかなり刺激になった。
 
 
◎魂の話をしたい

松枝 ちなみに奥田さんがバイブルみたいに思ってる映画とかありますか

奥田 (すかさず)ロッキーです。

松枝 熱い(笑)、「ロッキー」、いいですよね。

奥田 割とすごく悲観的なんですよ、私は。世にいう厭世家なんですよね。人生になんの希望も持ってないし、なにも期待してない。そう思ってた。でも「ロッキー」を見ると涙してしまうんですよね。きっとどこかで人間を信じてるんだと思うんですよ。

松枝 そうですね、誰かが受け取ってくれるという希望がないと映画を作れませんし。

奥田 そうですね。だから「ロッキー」は好きなんです。そして、シルベスター・スタローンも大好きなんです。スタローンはアートだと思うんですよ、世間では馬鹿にされてるように思いますけど。

松枝 僕もスタローンは好きです。仲のいい俳優たちには、シルベスター・スタローンが「ロッキー」でやったように、自分主演でしか演じることのできないような決定的な映画の脚本を自分で書いて、自分で自分の主演映画を作れと言っています。

奥田 そうなんです。私も同じ気持ちです。いまの若い俳優の子たちに言いたいのは松枝さんが俳優に本をかけ、主演映画を作れと言ったのと同じことで、つまり「お前ら『発信する側』だよ」ってことなんです。

松枝 そうですね。

奥田 なんか受け手みたいなスタンスでずっといるやつが多い。

松枝 そうですね。

奥田 そうじゃないだろ、もっと自分から考えて、まず監督に演出される前に自分を演出しろよって、立ってるだけじゃないんだからって思うんです。俳優として食っていくってことは、決して幸せになることじゃない。だから、地獄を見ても俳優として食っていくんだっていう覚悟を見せてほしい。どうしても映画を撮るんだという意気込みを見せてほしい。

松枝 同感です。

奥田 こう見えて30歳なんで、若い俳優とか、若い物作ってる奴とかと会う機会が少なくないんですけど、やっぱり会って思うのは、なんかどっか、お前ら発信する側じゃないの?って疑問なんですよね。若いくせに、発信者のくせに、自分を守ってるやつが多い気がします。自分守ってたら物なんて作れない。

松枝 同感です。しかし、最近のワークショップに来る人たちは、なんだか臆病というか、失敗を恐れているというか、大人しい気がするので、奥田監督にみんな怒られてしまいそうな感じですね。

村岡 そう思うでしょ?これが意外にそうでもない。ワークショップは全然結構穏やかなんですよ。凄い論理的で理知的。基本的に学校の先生に向いてるんじゃないかって思ったりするぐらいです。とっても教えるのが上手。

奥田 天職が先生の可能性がある(照笑)…冗談ですけど。

村岡 冗談でもないほど、いい先生だと思うよ。

奥田 ワークショップなんで、もちろん、お芝居はやるんですけど、一番伝えたいことは、役者としての覚悟、表現者としての覚悟なんです。自分はなんで役者を志したのか。表現者であることを選んだのか。自分の置かれた猛烈な逆境をはねのけ、社会と折り合いをつけなきゃいけない人生に立ち向かうために表現・お芝居という道を選んだんだから、もうちょっと覚悟を持ってやってほしい。「売れたい」とか「お金が欲しい」とかそういうんじゃないんです。もっと必死になって、覚悟を持って、表現者としての人生を生きてほしいんです。そのことをみんなに伝えたいと思っています。みんなと対話したいと思っています。

村岡 やっぱり覚悟だよね。最後は。

奥田 そうです。覚悟が、覚悟こそが人を動かすんだと思います。

松枝 人を動かすし、映画を作らせる。

奥田 それしか生きる道を知らない。だからこそ、その覚悟があるっていう人はやっぱり人を感動させます。そこを養ってもらいたいです。社会通念的な幸せを放棄してほしい。「しあわせになりたい」なんて甘えてますよ、それは。

松枝 そう思います。幸せになりたいなら、俳優とか映画はやめたほうが良い気がします。荒戸さんじゃないけど、最後は野垂れ死に。でもそれでいいんだと思える人がやったらいいんです。

奥田 ほんとうです。金なんて儲かんないぞ、役者なんて。儲からないけど、ただ、生きてるっていう実感がある。きっと誰よりもある。それが一番の役者にとっての褒美だ思います。そして、役者っていう道を選んでる時点で、意識しないでも、「命を燃やしたい」とか「生きている実感」を得たいという、そこへの渇望はあるわけですから、そこを目指してほしい。だから、テクニカルな部分は他の監督さんや演技指導できる人に学んでもらって、僕の現場では、根源的な、スピリットの(拳を胸に当てながら)ここの話をしてほしいし、その話をしたい。胸の奥の、魂の話を、です。その思いがきっと誰かの心を打つんです。そう私は信じています。

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