1-1.リアリティある演技をするためには何が必要なのか


(これはドラマ「anone」「先に生まれただけの僕」のディレクター水田伸生さんと俳優教育者ボビー中西さんの対談「日本の俳優教育のいまとこれから」の一部です)

水田:昨日、ボビー演出の「杏仁豆腐のココロ」の稽古を見させてもらったんだけど、あれは台本にあるシーンをやってたわけじゃないんだよね?

ボビー:はい。いまは、台本をやるうえで、それぞれ俳優が役として持っておくべき内面をつくるために、たとえば、台本にはないけど、夫婦になるふたりが出会う前にどうだったのかというシーンを即興で演じてもらったり、夫婦で昔旅行に行ったというようなことが台本に出てくるので、実際に旅行をしてセリフの裏付けを作ったり、台本を細かく分析して、その役がどのような人物であるのかを明らかにしたり、じっくり時間をかけてやってます。先日お見せしたのは、その一部です。

水田:なるほど。で、そのとき、ボビーはメモを取っていたよね。俳優のやってることをみながら。あれはなんのためにノートを取っているの?

ボビー:まず、「杏仁豆腐のココロ」というのは、鄭義信さんのお書きになった素晴らしい戯曲で、その内容というと、ある夫婦のクリスマスイブのお話なんですね。妻と夫ふたりは離婚が決まっていて、家を出ていく荷物を整理しているのですが、そもそもなぜ2人は惹かれ合い、愛し合い、ついには別れる事になったのか。それを考えていくと、その役が無意識に抱えている満たされない欲求(=ニード)にたどり着きます。どんな人間も個人的な満たされない欲求(=ニード)を抱えていて、それに突き動かされて、日々行動し、選択をし、生きています。なかでもドラマというのは、そのニードが強い人間を描くものです。そして、俳優は、その「役」が抱えているニードを理解し、共有して、初めて、「役」を深いところから演じることができる。先日、水田さんにお見せしたのは、「役」が持っているニードを俳優に体感してもらうために行った「プライベート・モーメント」というエクササイズでした。本当に孤独になった時に人間は正直になります。悲しみ、怒り、後悔、弱さ、喜び、激情など、決して他人に見せない素顔をさらけ出します。なので、俳優に「役」になってもらって、誰にも見せない顔をさらけ出してもらい、その「役」が奥底で何を思っているかを経験してもらう。それをすることで俳優は「役」が意識の奥底で何を望んでいるかという「ニード」を見出し、そのニードを満たすために行動するという「役」としての「行動のモーター」=「ドライビング・フォース」を手に入れることが出来る。僕がメモをとっていたのは、その発見を、あとで俳優に明確に伝えるため、あるいは俳優に伝えないとしても、自分が演出として利用するために、その場で発見されたことをノートに書き取っていたんです。

水田:なるほど、役にその行動をさせるための推進力=ドライビング・フォースを探っていたってことなんだね。

ボビー:はい、そうです。

水田:そのドライビング・フォースってやつを、日本の多くの俳優は、シナリオを読み解くことで見つけようとするじゃない?そうじゃなくて、ボビーはそれをもっと肉体的なところにあるだろうと思って探ってやってるわけだ。

ボビー:肉体的もそうですけど、「心」の奥深いところにある、自分が埋めようとしても埋まらない根源的な欲求=ニードがあり、そのニードを埋めようとする行動が推進力となって、役は台本に書かれている大目的に向かうドライビング・フォースを得るわけです。

水田:「心」かあ…僕はいつもそこで行き詰るんだけれども、「心」って本当にあるのかな?

松枝:どういうことですか?

水田:「心」ってさ、物理的に存在しないじゃない。けど「脳」は物理的に存在する。「脳」の存在は疑いようがない。だけども、「心」の存在は疑おうと思えば疑える。だから、はじめっから「心」があることを前提にして「心」を探ることに物凄く抵抗がある。というか、僕は「心は存在しない」派なの。「心」というのは、あくまでも後付けなんじゃないかと思っている。「脳」がすべての命令を下して人間を生かしているとすれば、明らかにロジック、つまり合理性が先にくる。それの後付けのように、0コンマ数秒後に「感情」が発生する。それを我々は「心」と呼んでいるわけだけれども、それがどうにも僕は納得できていないんだよね。

ボビー:僕は「心」は見えないけれども、ここ(自分の胸をたたき)のあたりにドシっと座っているもので、「表現の泉」として存在していると思っています。「顕在」する脳よりも、「潜在」的に存在して、無意識に反応するもの、それが「心」なんじゃないかなと思っています。

水田:僕はボビーのクラスでレペテションを見たり、ボビーが今度出版する演技の教科書を読んで思ったんだけど、ボビーの演技教育法、つまりマイズナー・テクニックに物凄く意味があると思ったのは、それが日本の演技手法としてよく使われる、いわゆる「感情至上主義」を否定していて、大事なのは肉体、なかでも「脳」が大事だと言っているように思ったからなんだ。つまり、マイズナー・テクニックというのは、見て、聞いて、即座に「脳」が指令を出す訓練なんじゃないかと。なのに、ボビーは「心」が大事だという。「心」が「表現の泉」だったとしても、「心」が大事だと言うのは「感情至上主義」とどこが違うの?と思ってしまう。

ボビー:僕は、「脳」というものは結局、「体」の反応で、それは「脳」が指令しているというよりも、「衝動」によるもの、つまり脳が反応するよりも「先」に体が反応しているものだから、結局それは「心」だと思うんですよ。いま、水田さんが笑って、僕がつられて笑ったじゃないですか、でもそれって、水田さんが笑ったから「笑おう」と「考えて」笑ったわけじゃないんですよ。僕ら人間はいちいち「脳」で「考えて」行動しているわけではないと思うんです。僕が教えているマイズナー・テクニックの根幹ですが、大事なのは、いかに俳優が「脳」を通さずに行動するかなんです。これが上手くゆくと、俳優が「思考」せずに相手に反応できるようになる。すると、相手の振る舞い=ビヘイビアに影響されて鮮やかでリアルな反応が、やろうとせずとも、次から次へと出てくるようになる。でも、そこに「脳」で考える「思考」が挟まると、どうしても「嘘の演技」、「らしく見せる演技」が始まってしまう。

水田:いや、僕も「脳」とは言っていても「思考」のことを言ってるのではないんだよね。たとえば、「思考」しなくても人間は、視覚や聴覚を働かせている。交通事故が起こりそうなとき、人間は危ないと思うよりも先に、生きながらえるためにハンドルを回すわけで、そこに「思考」はない。

ボビー:はい、まさに、そうです。だから僕は「脳」も肉体の部分だけれども、そうじゃない部分のほうが大事なのかなと思うのですが…

松枝:すみません。横から口を挟ませてもらうんですが、結局、お二人のおっしゃられていることは同じなんじゃないかと思うんです。水田さんのおっしゃられる「脳」は、いまの交通事故の例を聞いてもわかるとおりに、「思考する脳」のことじゃなくて、もっと深いところで「反射する脳」=脳と言っても、部位的には「脳幹」とか、脊椎反射的な「脳」のことだと思うんですよね。だから、結局、ボビーさんの言う「心」とか「身体」とかそういうことと、水田さんの言う「反射する脳」は同じようなものだと思うんです。

水田:たしかに松枝さんの言う通りかもしれないね。しかし、だとすると、ボビーの言うように、「表現の泉」のようなものが「心」だとすると、その正体はなんなんだろう。それは記憶でもないし…。

ボビー:僕が言う「表現の泉」っていうのは、目に見えない自分の中のヘドロのようなもので、それは、体験でもあり、記憶でもあり、トラウマでもあり、欲望でもあり、祈りでもあり……、自分の中で渦巻いている、人に見せられない核心みたいなもののことです。

水田:閉じ込めたいものを逆に閉じ込めないで、演技にお使いになればいいじゃないですかってことか。

ボビー:その通りです。それがサンディ(サンフォード・マイズナー)の言っている「演技とは「暴露(ばくろ)の芸術」だ」ということの本質です。つまり演技とは、さらけ出すことであり、役というものを借りて、辛さでも、悲しさでも、殺意でも、すべて自分の奥深いところから見つけてきて、それを表現していくってことなんです。それが僕たちの求める「自分を使った演技」=「リアリズムの演技」だと僕は定義しています。自分を使っていない演技は、あいまいな、「こういうものかもしれない」というイメージだけでやってしまうので、嘘になってしまうんですよね。自分の中にその役を演じられる要素を発見できれば、どこにでも行けるというか、どんな役でも嘘なく表現していける。殺人者でもプレイボーイでも、たとえ、その役が本人とかけ離れた突拍子もない役だったとしても、嘘なく、自由に、演じることが出来る。だから、リアリティある演技をするためには、俳優は、自分をさらけ出さないといけない。

つづく

現在、水田伸生監督による俳優のための実践的ワークショップ参加者を募集中です!!!

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水田伸生(Mizuta Nobuo)
日本テレビ放送網執行役員・制作局専門局長
日本大学芸術学部演劇学科卒業後、1981年に日本テレビに入社。
入社後はテレビドラマの制作に携わる。
2010年、『Mother』で第65回ザテレビジョンドラマアカデミー賞監督賞を受賞。
2014年、『Woman』の演出により芸術選奨文部科学大臣賞放送部門を受賞。

ボビー中西(Bobby Nakanishi)

俳優、俳優教育者、演出家、BNAW主宰
コント赤信号のもとで俳優を始めるが1990年渡米
フィル・ガシーのもとでマイズナー・テクニックを学び
後に、サンフォード・マイズナー本人のもとで本格的にマイズナー・テクニックを学ぶ
アクターズ・スタジオのオーディションに合格し正式なメンバーとなる。
2011年に日本に拠点を移し、俳優教育の場BNAWを主宰している。

松枝佳紀(Matsugae Yoshinori)
脚本家、演出家、アクターズ・ヴィジョン代表
京都大学経済学部を卒業後、1995年、日本銀行に入行。
映画や演劇に対する夢覚めやらず2000年に退職
現在、シナリオライター、企画者、制作者として映画を作りながら
俳優のためのワークショップ「アクターズ・ヴィジョン」を運営している。

(2017年11月20日、麻布十番にて)

本文中に出てくるアクターズ・ヴィジョン主催マイズナーテクニック・クラスの成果披露公演「杏仁豆腐のココロ」(脚本:鄭義信、演出:ボビー中西、出演:武藤令子、関幸治)は、ウッディーシアター中目黒にて、12月21日から24日までやっています。チケット絶賛発売中です。詳細は次のURLより。http://stage.corich.jp/stage/86829

0. はじめに
1. リアリティある演技をするためには何が必要なのか
2. 教育によって、天才俳優に近づくことが出来るのか
3. 俳優教育の重要性を日本人はわかっていない
4. マイズナー・テクニックの効果
5. 俳優教育と俳優演出
6. 俳優を志す人たちに対するアドバイス